『ただそのままでいたらいい』の気づき

ただそのままでいたらいい
そのお見本は
お花や自然の緑だなとよく思います
すみれはチューリップになるための努力はしない
すみれとして美しい
(写真のお花の名前はわからず、、友人の家のお庭に咲いていました)
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先日、大学の学生さんへだっことおんぶの授業をさせていただいた話を投稿しました
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授業自体とても充実した体験だったのですが
ちょっとした自分の変化もあったので
数年後の自分のためにメモしておこうと思います
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わたしは長いこと人前でしゃべってたり
教鞭とったりという仕事をしてきたのですが、
実はそのときに
『受け取られているか』
がとても大きな関心事項でした
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聞いてくれる方に対して
受け取られるようなクオリティーにすることはもちろんで
そこにいろんな準備をするのですが
最近気がついた
『受け取られないといけない』という信念は
はかなり無意識にまで食い込んでいる強固なモノでした
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その根っこは幼少期まで食い込むので
ここでは割愛しますが
『受け取られるかどうか』が
かなりの深刻な命題になっていて
だからこそ
過剰にそこに反応をしていて
少しでも横を向いていたり
関心が薄い反応をされることを
なくそうと必死にやっていた
予備校時代からのうん10年だった気がします
そこには自己表現として
自分が面白いと思ったことを
『表現する』という軽さを凌駕する
大きな『恐れ』にまみれていました
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過剰に何かをしなければ受け取られない
受け取られるためにはあれをしてこれをして、、
その信念から
『在り方』よりも『やること』へ
『Being』よりも『Doing』へ
と意識を取られることも多かったとおもいます
もちろんそのDoingの積み重ねにより
わたしが培った力もたくさんあると思います
そして同時にどのプロセスは
かなり、しんどいものでした
そりゃそうです
気楽さやよろこびよりも
恐れが大きいのだから
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いまわたしは自己理解をすすめる
インナーテクノロジーとよぶ様々な手法を
人にお伝えし、自分にも試しています
そのプロセスの中でこの信念に気がついての
今回の講座でした
講義が終わってから気がついたのですが
いつもと疲れ方が違う、、、
軽い、、、
そういえば
いつもの過剰な反応があまり作動しなかったかも、、、
と終わってから気がつきました
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まあ、パキッと線を引いたように
きれいに変化が見えるわけではないですが
身体感覚に耳をを傾けると
体は『なにか変わったよ』と教えてくれる
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『過剰に何かしなくても大丈夫
ただそのままでいたらいい』
ずっと頭では知っていた言葉がは
身体感覚をともなったときに初めて
『わかった』
になる、という今回の体験
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『ただそのままでいたらいい』
これを基軸に自分の大事に思うことを大切に表現する
社会人になり成人式を迎えるくらい時間が経ちましたが
ゆっくりとそんな体験を積んでいきたいと思います