森:インナーテクノロジーって何やっているの?
今日は普段あまり記事にしてこなかった
森:インナーテクノロジー
について書こうと思います
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わたしはこの中の活動の1つで
ラーニングサークルという講座の
全体総括とファシリテーターをやっています
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あまりこのことについて書かないのは
言葉にするのがとても難しいから
やっている内容も
ここで起きることも
『言語』に落とすことがとても難しいと感じる
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公式な案内はこちらをみてもらえたらと思うのですが
https://hmt.llt.life/jts/
今のわたしの感覚で
ラーニングサークルってなにしてるの?
を表すと
『人として、人を理解しようとしている』
が今はしっくりくる
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わたしたちって
人と何かコミュニケーションをとる時に
本当に相手を
『その人』
としてみているかっていろいろあやしいなと思います
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それは
『お父さん』とか『お母さん』とか『先生』とか『高校生』とか『部長』とか『バリキャリ』とか
なんかたくさんのラベルと
そこにまつわるイメージと(強そうだ!とかね)
それにどういままで対峙してきたかの
パターン認知するのに忙しくて
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本当に相手に関心を向けたり
相手の話を聞くことがとても難しいと思っている
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その結果
相手のことがよく理解できないし
わたしのほうも
相手をよくみきわめない状態で
自分の武装を解くわけにはいかないぜ
とファイティングポーズか
もしくはすぐさま逃げれるような状態で関わるから
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人として相手の声を聞いたり
人としてわたしは相手を理解しようすることが
とても難しい
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こんだけ詳細に書けるのは
わたしがこれを散々やってきたから
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わたしはこの結果
この世界がとんでもなく怖い所になっていた
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そんなわたしが
いま提供している世界観に出会って
人間はただ、わたしのそのままを聴かれたいし、わかられたい。それは外側にどう見えているかは全く関係ないんだ
と気がついた時、たくさんたくさん涙が溢れました。それはなにかで検証する余地がない、わたしにとっては真実だったから。
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それから、人と人が、そのままを聴き合うこと、受け取り合うことを、どうすれば体験できるのか、この旅が始まって、いまラーニングサークルという講座の形となって、ファシリとして関わっています
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聴き合う、受け取り合うって言葉は美しいけど、ご想像通りそんなに簡単なことではないです。いろんな反応も起きます。
昔だったら、めんどくさくて知らなかったことにしたと思います
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でも、諦めたくないのです。何よりもわたしが、そんなの可能なのか、実験したいのです。
そんなこんなで今日も実験中の日々です。